ゲーム総合誌「ゲーマガ」の元編集長・ウメPが、いろいろ書き散らかします

小中学時代(4)ファミコン発売、しかし――

さて、オレがアーケードとパソコンに心を奪われていた1983年に、ファミコンが登場する。もちろんファミコンに飛びついた――と思いきや、じつはファミコンを購入したのは1985年で、オレは2年間様子見状態だった。

なぜ2年後だったのか。

ファミコン発売前の、この頃(1982~1983年)の任天堂は、アーケードでは「スペースフィーバー」「スペースファイアーバード」など、人気作にあやかった作品が多く、やっとオリジナリティのある「ドンキーコング」が登場したばかり。

また、家庭用ではゲームウォッチがまだまだ売れていて、2画面&十字キーの「ドンキーコング」が登場したあたりだ。

ファミコン登場前後となる1982~1983年のアーケードは「ギャラガ」「ディグダグ」「ゼビウス」「マッピー」「リブルラブル」「スクランブル」「ハイパーオリンピック」などなど、ナムコやコナミの良作タイトルの花盛りで、オレのハートは完全にアーケードに釘付けとなっていたのだ。

なので、非常に申し訳なく失礼な話だが、アーケード至上主義のオレからみると、

ナムコやコナミはアーケードで面白いゲームを連発する花形メーカー
任天堂はアーケードのオリジナルタイトルに乏しい格下のおもちゃメーカー

という具合に、当時の任天堂の評価は低かったのだ。

またパソコンでもホビー8ビットマシンが続々と発売されたころで、BASICを覚えて自分でいろいろと作ってみたくなった頃でもある。

任天堂がファミコンを発売した1983年は、エポック社からはカセットビジョンJr.、トミーからぴゅう太Jr.、セガからはSG-1000が登場するなど競争の激しい時期だった。

そんな戦国時代に登場したファミコンは、確かにグラフィックはキレイだったが、実質オレにとっては「ドンキーコング」しか心ときめくゲームがなく、しかもパソコンのように自分でプログラミングするというクリエイティブな要素もない。

家庭用テレビゲーム機は大人へと背伸びしたい年頃のオレにはおもちゃすぎて、例え驚異のグラフィックを誇るファミコンでも触手が動かなかったのだ。

ちなみにゲーム以外の趣味としては、1981~1983年はガンダムとガンプラが大ブームとなり、ご多分に漏れずこのオレもガンプラに夢中になった。

アニメでは中2でガンダム再放送、そして中3ではサンライズの「銀河漂流バイファム」にハマっていた。

そんな岐阜のオタク少年だったオレは、高校へと進学する――。

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プロフィール

本名:梅田浩二。92年セガ入社。AM2研でバーチャファイターなどの広報を担当、97年に雑誌の編集へと転身し、2004年にゲーム総合誌ゲーマガの編集長に就任。アイマス、街、逆転裁判、初音ミク、中川翔子連載、喜屋武ちあき連載、あきまん連載、Beep復刻版書籍などを担当。2012年4月ドワンゴに転職、2014年3月同社を退社。岐阜出身。今一番熱い趣味はコスプレ(イラスト:岩元辰郎)

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