ゲーム総合誌「ゲーマガ」の元編集長・ウメPが、いろいろ書き散らかします

高校時代(13)衝撃を受けたセガの体感ゲーム

このブログで何度も書いているとおり、高校は全寮制で寮にPCやゲーム機は持ち込み禁止だったため、ファミコンやPCゲームで遊べるのは実家に帰省できる春、夏、冬の長期休み期間のみだった。

また、高校時代のオレはアーケードゲームが第一主義でファミコンは軽視していたので、それらの理由から、アーケードゲームで遊んだ記憶が強く残っている。

ただし「魂を揺さぶられた」ほどの強い衝撃を受けたタイトルは、1984年(高1)の夏に出会った「ドルアーガの塔」くらいで、あとは消化試合というか、順当にタイトルを楽しんでいた。

やはり「ギャラクシアン」が登場した1980年くらいから1984年あたりの「ドルアーガの塔」くらいまではナムコ黄金期と言われ、その洗礼をモロに受けたオレは、常にナムコのゲームには一目置いていた。

なので強く印象に残っているのは、「ゼビウス」以降だと「ギャプラス」「ドルアーガの塔」「ドラゴンバスター」「パックランド」「メトロクロス」あたりで、これらのゲームをよく遊んでいた。

しかしナムコ黄金期もかげりが見え始め、1985年後半の「スカイキッド」「ディグダグII」「モトス」あたりになると、ナムコ熱も冷めてきて、ナムコのゲームを重点的にプレイしようというモチベーションも、だんだんと下がってしまった。

どうにもアーケードがパッとせず、ファミコンの「スーパーマリオ」などが話題になり、オレ自身もモヤモヤしていたのを覚えている。

そんな中で台頭してきたのが、セガの体験ゲームだ。ただ、1985年夏に登場した体感ゲーム第一弾の「ハングオン」に関しては、そんなインパクトはなかった。

バイク型筐体にまたがって実際に筐体を傾けて操作するというゲームシステム、そのバカでかい筐体サイズ、そして1プレイ200円という価格設定については、ただ単純に「すげえな」と思ったくらいだった。バイクには興味ないし、プレイしてもそれほど面白くなかったからである。

しかし、1985年冬に登場した「スペースハリアー」には本当に驚いた。グラフィックが非常にキレイで迫力があり、曲もドラムがかっこよくてノリノリ、筐体も動くし、そしてなによりゲームがめっちゃくちゃ面白かった。

セガに関しては、それまで大したヒット作もなくてよくわからない存在のメーカーという認識だったが、ナムコのブランド力と求心力が下降してきたのと相まって、オレの中で「セガってスゴイじゃん!」と、その存在が大きくなっていった。

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プロフィール

本名:梅田浩二。92年セガ入社。AM2研でバーチャファイターなどの広報を担当、97年に雑誌の編集へと転身し、2004年にゲーム総合誌ゲーマガの編集長に就任。アイマス、街、逆転裁判、初音ミク、中川翔子連載、喜屋武ちあき連載、あきまん連載、Beep復刻版書籍などを担当。2012年4月ドワンゴに転職、2014年3月同社を退社。岐阜出身。今一番熱い趣味はコスプレ(イラスト:岩元辰郎)

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