高校時代(14)ナムコ信者からセガ信者へ
「スペースハリアー」がアーケードに登場の衝撃はものすごくて、オレは基本的にアクションゲームはヘタクソなのだが、本作に関しては1プレイ50円の店を見つけてめちゃくちゃやりこんで、、1986年(高3)になると、1コインクリアできるようになった。
ゲームが面白いのはもちろんだが、とにかく音楽がよかった。それまで音声や効果音にしか使用されていなかったPCM音源を本格的にドラム(リズム)音源として活用した初めてのゲームではないかと思う(厳密には「ハングオン」でも同様の試みはされていたが)。
オレは、1986年(高3)あたりからゲームミュージックを強烈に意識するようになる。前の記事でも書いたが、8ビットパソコンを購入する際、当時の覇権ハードPC88SRシリーズを選ばずにx1シリーズにした理由も、OPM・YM-2151というチップがFM音源8重和音を鳴らせるからだ。
ナムコの「ギャプラス」「メトロクロス」「ドルアーガの塔」などの音楽が収録されたレコード「ザ・リターン・オブ・ビデオゲームミュージック」(1985年発売)ももちろん持っていて、ナムコ黄金期タイトル群の「マッピー」「リブルラブル」などとあわせて聞きまくっていたのだが、だんだん気持ちの変化が起きてくる。
「スペースハリアー」の音楽に衝撃を受けた直後に、続けて「ファンタジーゾーン」「カルテット」の音楽がこれまた素晴らしい追い打ちとなり、とどめは1986年の暮れにアーケードに登場した「アウトラン」だ。
高校入学前はナムコ信者だったが、卒業の頃にはセガに心酔しきっていた。


92年セガ入社。AM2研でバーチャファイターなどの広報を担当、97年に雑誌の編集へと転身し、2004年にゲーム総合誌ゲーマガの編集長に就任。アイマス、街、逆転裁判、初音ミク、中川翔子連載、喜屋武ちあき連載、あきまん連載、Beep復刻版書籍などを担当。2012年4月ドワンゴに転職、2014年3月同社を退社。岐阜出身。今一番熱い趣味はコスプレ(イラスト:岩元辰郎)







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