ゲーム総合誌「ゲーマガ」の元編集長・ウメPが、いろいろ書き散らかします

専門学校時代(11) 大阪花博・28人同時プレイギャラクシアン3

専門学校時代は本当に新宿キャロットに入り浸っており、ベーマガライターになったやんまを始めとする常連と仲良くなった。

当時のアーケードでは常連が集まってゲームサークルを結成するのが流行っており、新宿常連はチーム名やサークル名などはなかったが、「新宿外道」とか「新宿まぐろ組」とか勝手に名乗っていた。

新宿常連の仲間との一番の思い出は、1990年4月に大阪で開催された花と緑の博覧会、通称「花博」にみんなで遊びに行った遠征旅行が、今でも懐かしく覚えている。

この博覧会にはパビリオンとは別敷地にアミューズメント施設コーナーがあって、ナムコが「ギャラクシアン3」という大型アトラクションを出展していた。

この「ギャラクシアン3」は最大28人が同時にプレイできるシューティングアトラクションで、今思い返しても最高にイケてた。

以下、Wikipediaより。

28人版(GH-28) – PROJECT DRAGOON(プロジェクト・ドラグーン)
円筒形のスクリーンを内側から観る形でプレイヤーが同心円状に並んで着座、プレイヤーの背後上方から16台の3管式120インチプロジェクターによってスクリーン全周に継ぎ目のないゲーム画面が投影され、プレイヤーの乗ったフロア全体が映像の変化に合わせて油圧機構により揺動する。最大高低差は2m。

ニュースで28人同時プレイのギャラクシアンの存在を知ったオレたちは、これを真っ先にプレイしようと旅行を企画し、花博オープンの初日にあわせてみんなで遊びに行った(名古屋時代からの友人溝口も誘った)。

オレはこの花博ギャラクシアンを心底気に入り、花博がが終了する9月までの間に、わざわざそのために大阪までプレイしにいくほどだった。

考えてみてほしい。120インチプロジェクターによるスクリーン全周横一列につなぎめのない3DCGゲーム画面と、油圧機構により最大高低差2メールで揺動する筐体である。

まだ東京ディズニーランドの「スターツアーズ」が珍しかった1990年のこの時代、「花博ギャラクシアン」のインパクトは強烈だった。

油圧機構による最大高低差2メールの演出はすさまじく、3D酔いしやすい人や落下のマイナスG免疫がない人はゲーム終了まで耐えられないようで、プレイ途中に緊急停止ボタンが押されてしまうのもしょっちゅうだったそうだ。

その後「花博ギャラクシアン」は二子玉川の「ナムコ・ワンダーエッグ」に移築され、同所が閉園になる2000年12月まで稼働していた。

そのワンダーエッグがなくなる直前の2000年、最後の遊び収めに赴いた。「ギャラクシアン3」はロングラン稼働によりプロジェクタースクリーンが焼き付いてしまっていて少々寂しかった。

しかし油圧機構による最大高低差2メールの演出は健在で、たまたま同時プレイで一緒だった女性客が「キャー!」と悲鳴を上げていたのを聞いて、「まだまだイケているな」と嬉しくなったのを覚えている。

花博の28人ギャラクシアン、今でも十分通用すると思うので、また復活してくれないか強く願う。

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プロフィール

本名:梅田浩二。92年セガ入社。AM2研でバーチャファイターなどの広報を担当、97年に雑誌の編集へと転身し、2004年にゲーム総合誌ゲーマガの編集長に就任。アイマス、街、逆転裁判、初音ミク、中川翔子連載、喜屋武ちあき連載、あきまん連載、Beep復刻版書籍などを担当。2012年4月ドワンゴに転職、2014年3月同社を退社。岐阜出身。今一番熱い趣味はコスプレ(イラスト:岩元辰郎)

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